甘いトマト

 生のトマトを食べるとき。塩胡椒、オリーブオイル、フレンチドレッシング、マヨネーズ。バジル、玉ねぎ、モッツァレラチーズ。トマトジュースには、レモンやライム。お酒とだったら、ウォッカ、テキーラ、ビールの相手。
 ぴりぴりする「塩気」「辛味」「酸味」という辺りが基本にあって、「油っ気」というこってりした感触がオプション。
 そこに甘味の入る余地は、まったく無い。ならば、トマトとシロップという組み合わせは、果たして可能なのだろうか?
 ロビンソンデパート、シーロム店の地階にあるジューススタンド。注文を受けてから一杯ずつ作るので、昼食時間の終わりごろに行くと、結構待つこともある。
 ガラスケースに並ぶ新鮮な果物たち。スイカ、マンゴー、ドラゴンフルーツ、キーウイ、リンゴ、青リンゴ、ライム、パイナップル、イチゴ、ヤシの実。冷凍物だと、ブルーベリー、ラズベリー、桃。
 タイ語で「ポンラマイ・パン」は、果物と氷とシロップをミキサーにかけた、冷たくて甘い飲み物。氷は非常に細かな粒状になってねっとりするため、太めのストローですする。だいたいシロップがたっぷり入るので「甘味は控えめで」と注文。昼のさなかの屋外を歩いたり、昼食に辛い料理を食べたりで、頭から湯気が立つほどに身体に熱気が渦巻くときも、カップに半分も飲めば、身体の内側からひんやりしてくる。カキ氷よりやさしくて、ジュースよりきりっと冷たい。
 特に日本から遊びに来る人に人気が高いのはスイカ。「ガイ・ヤーン(焼き鳥)」とか「ビア・シン(シンハビール)」なんかに並んで、スイカシェイクの「テンモー・パン」をタイ料理の重要語句として記憶している人も少なくない。
 中でも僕は、無条件に、何よりもマンゴーが好きだ。南国の果物かくあるあべしという、こってり濃厚な香りと、とろける舌触り。群を抜いてマンゴーが美味しい。
 これらは、単独ではなく、二種類を混ぜて注文することもできる。相性の良い味を探るのも楽しい。
 マンゴーにライムは、さっぱりするのだけど、せっかくのこってりさが打ち消されてしまう気がしてもったいない。だが、キーウイとライムだとお互いを高め合って、爽やかさが朝の目覚めにちょうどよい。
 ニンジンというのもあるが、丸ごとミキサーにかけるなので、舌に繊維が残る。ただ、身体に良さそうな気はするので捨てがたい。ここにリンゴを加えたらすっきりといける。
 メニューに掲げられているものはできるだけ広範囲に試そうと思いつつも、長い間見て見ぬふりをしてきたのが一種類だけある。味の想像がつかないのだ。
 それは、ガラスの器にてんこ盛りされたプチトマト。トマトジュースっぽいのだろうか。甘くはしないよな。いや、でも、まさか。いつも、いつも、今日こそはと思いつつ、心の中に渦巻くだけで、注文はなかなか発せられることはなかった。
 先週のある日、「今日は何にしようか」と壁に貼られたメニューを眺めようとした瞬間、気がついたことがある。5バーツの値上がりだ。言ってしまえば5バーツなので、そのことは別段どうという話ではないのだが、軽い驚きに突き動かされたように、口から飛び出た注文が「ト、トマト一杯」だった。
 作っているのを見ていたら、やっぱりいつも通りシロップを入れていた。甘いトマトか……。透明のプラスティックのカップの中身は、氷の白とトマトの赤がほどよく混じって楚々とした雰囲気。細かくなった皮がぷつぷつと散っている。  だけど、一口飲んで、ああ、これもいけると思った。マンゴーとは対極に、さっぱり軽い。意外なほどに、トマトのシェイクというのは、じゅうぶんに味わえるものだった。トマトに甘い味は、可能だ。
 このお店、10杯分貯めれば1杯無料になるスタンプカードがある。次にトマト・シェイクを頼むのは、たぶん、スタンプが貯まった後だ。


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