入院して学ぶこと

 日本と比較すると衛生状態のよくはない土地に住んでいるので、黴菌が身体に入るというのは避けがたいものがある。生ものを食べないとか、屋台で食事しないだとか、生野菜を口にしないとか色々対策はあるけれど、それらが毎回体調不良につながるわけでもない。むしろ美味い物が食べられないという逸失利益の方が遥かに大きいので、普段はまったく気にしない。
 それでも何かの加減で「あたった」ときには「しょうがないな」と諦める。半年に一度くらいのペースでどうしても訪れる。食物を通じて黴菌が侵入した場合、捻りあげられるような強烈な内臓の痛みや、滞ることなく排泄される勢いの良い粘性の低い液状の便が症状となって現れるので、経験則的に「これはウィルスだ」と自分で判定できる。医者に出向いて抗生物質を数日服用すればけろりと治る。逆に言えば、正露丸などではよくならない。
 ところが今回の始まりは、月曜夜の両ふくらはぎの奇妙な感覚だった。寝る直前に、痒みともしびれともつかないくすぐったいような感覚がぐぐっと両足を捉えた。翌日の夕方になって、気怠さは全身に広がり、腕や足の関節がきしみだした。原因の捕まえ方が逆になったが、「これはもしかして高熱の結果としての症状なのではないだろうか」と思い至って、机の引き出しから取り出した体温計を脇の下に挟んでみると、38.5度を超えたあたりまで水銀柱が上った。
 結果からすると、その1週間の間に2度医者にかかり、尿検査、各種血液検査(白血球値が通常よりわずかに低かった)、デング熱検査(陰性)を行い、「何かウィルスが入ったのでしょう」との診断に従って抗生物質の服用を続けた。だが、日曜の夜になっても状況は改善されなかった。むしろ脈拍に合わせてうずくこめかみの痛みは、頭が割れそうなほどに程度を増していた。
 日曜の夜、もう一度病院へ。いつもの主治医ではなかったが、状況を話すと「この薬を服用して1週間熱が下がらないというのは、何かあるのかもしれません。熱の状態もモニターしたいので、このまま入院してください」
 入院をするというのは、記憶にある限りで初めての体験である。うちから一番近い総合病院、個室はほとんどホテルのようだとは聞いていたが、ほぼその通り。ゆったりした部屋には、風呂・トイレはともかく、簡単な流し、電子レンジ、冷蔵庫が備え付けられている。ベッドサイドには照明やエアコン、カーテンの開閉などのコントローラーが置かれ、40インチの液晶テレビには、タイの地上波をはじめ、CNN、BBC、アルジャジーラ、NHKを含めた各国の放送がそろった全60チャンネル。オマーンTV、スーダンTV、サウジTVなど、中東・アフリカ方面も充実したラインナップであることに顧客層の広さが伺われる。入院患者は院内Wi-Fiが無料で利用できる。食事は朝昼晩どころか、簡単なおやつとお茶まで出てきた。
 そうは言っても、ベッドに横になった我が身の左手の甲に刺さった針からは、生理食塩水と抗生物質とが、機械に設定されたタイミングでひたひたと静脈に流れ込んでくる。(結局、少し程度の強いウィルスだったようだ)
 せっかくなのだからのんびりしようと思っていたのだが、何よりホテルと決定的に違って、頻繁な他者の訪問がある。定期的な血圧と体温の検査。医者の回診。ベッドメイクや部屋の清掃も。寝ていようが起きていようが、そして何より肝腎なのは、こちらが返事をしようがしまいが、用事のある人はどんどん入って来る。ホテルであれば、内側から扉を開けない限りスタッフが部屋に入ってくるという状況はまずあり得ない。快適な滞在が目的ではなく、やはり治療が主眼なのである。患者がどういう状態だろうと、彼らは必要な作業を粛々と行う。
 そして、これらに加えて今回最も意外だったことがある。それは妻が僕の入院に対し何を考えていたか、という点。これは、実は大いに勉強にもなった。
 日曜日、診察の後で僕が入院の手続きをしている間に、一度家へ戻って当座に必要な物を持ってきてくれることになった。
 「(共有してる)電動歯ブラシ(ブラシ部分は個人)、もしよかったらこっち持ってきてもらってもええかな?」と、遠慮がちに聞く僕。それに対し、おかしなこと訊くもんだという目で問い返す妻「そんな心配いらんやろ。私も一緒におるんやし」
 この返答の意味が、即座には理解できなかった。当然月曜は朝から仕事に行く人である。病室のソファーにうずくまって転がるより、家のベッドで眠る方がいくらか快適か分からない。逆の立場だとしても、僕には一緒に病室に泊まるという選択肢は存在しないだろう。夜中遅くまではいるけれど、最終的には家に帰って寝ると思う。生死に関わるような状況ならともかくだが。
 「いやあ、家で過ごした方がええんちゃうの」との返答は、妻への遠慮からではなく、まったく彼女の実利を尊重した上でのものだった。
 しかし、その表情から伺えるのは、どうも彼女の機嫌が良くない方向に傾いた、ということだった。
 危険を察した僕は、即座に態度を変えて感謝の言葉を述べることにした。「そやな。気ぃ使ってもらって、ありがとうな」と。この辺りは2年少々の結婚生活で身につけた対処の仕方である。自分の意見を通すことよりも、我が身の保身の方が大事だから。
 今回学んだ何よりは「今後妻が入院することがあれば、僕も付き添って病室に泊まらねばならない」という暗黙の要求である。結婚して最初に入院したのが僕の方でよかった。これが逆だったならば、家に戻るのが当然と振る舞って、とんでもない騒動になるところだった。


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