酒を控える決意

 胃カメラを飲んだ。13年ぶりだ。当時、大学の裏手にある総合病院の処置室のベッドに横になって、涙とよだれを垂らしながら、喉に突っ込まれたカメラにげぼげぼしていた相当な苦労を記憶しているので、今回もかなり構えて望んだのだが、睡眠薬のおかげで嘘のように楽だった。術前に手の甲にちゅーっとミダゾラムという薬を注射されたのだが、その数秒後には記憶が途切れている。気がついたらパチッと目が覚めて、もう全ては完了していた。
 ただ、「異常なし」と診断された前回とは異なり、写真でぽつぽつと赤く炎症を起こしている部分を指さして医者が言うには、「軽い十二指腸炎です」
 診断結果よりも、「3週間、お酒はやめてください」という指示の方が、しょうがないとは言え、ショックだった。
 ただ、意外にもすんなりと薬を飲んで酒を飲まない日々は過ぎていき、「そんなものかな」というのが僕の率直な感想だった。酒を飲み始めて以来、これだけの長い期間ストップするのは初めての体験だったのにも関わらず、「どうしても飲みたい」という欲求と闘うこともなく、無いなら無いで普通に暮らしは進んでいった。
 ところが、少々あっけにとられる他は特に大した感想も持たなかった僕に対し、妻にとっては、僕がお酒を飲まないということは、特別な体験として捉えられたようだ。
 「朝は早く起きる。家の用事をさくさく片付ける。外食してもいつもよりずっと安くあがる。いい具合に痩せてきた。話をしていても、ワケが分かる。ソファーにひっくり返ってそのまま眠ったりしない。物言いが穏やかだ。意見が合わなくても、衝動的に怒らない。こういう性格の良さは、結婚以来見たことがなかった」
 こうまで言われると、普段の自分は何であるかを考えざるを得ないのだが、連日このような指摘を受け続け、しまいに出てきた結論はこんなものだった。
 「こういうあなただと、私は至極幸せである。もう一生涯、酒は飲まんでよろしい」
 君はそう言うかもしれんけど……。むずむず。
 妻の幸せと、酒精から得る個人的な喜び。どちらを選ぶべきなのか。妻を取るか、酒を取るか。
 いや、考えるまでもない。結論は「どちらも」である。日常的に量を減らすことを約束した。そして、酒に酔ったときの自分の言動に、もう少し意識的になり、妻のことを慮らねば、と強い決意をするに至ったのである。
 再診のとき、引き続きあと2週間、薬を続けるように言われた。おそるおそる「お酒はよろしいでしょうか?」と聞いてみると、「いいでしょう。ただ、控えめに」
 その夜、大いなる期待を持って、近所のレストランバーで再開の一杯。祝祭としての意味合いから、スパークリングワインのロゼを一本。立ち上る泡の線をうっとりと見つめ、妻とグラスを合わせる。
 絶対に美味いに違いないという予測に反し、「あれ、こんなものだったか」という、これまた意外な感想だった。
 それから3杯ほど飲み進めたときには、僕の身体の中にある、酒をたたえる容器のサイズが、明らかに小さくなっていることを感じないわけにはいかなかった。
 日々の鍛錬を怠ると取り返すのに時間がかかる。運動しかり勉強しかり。しかしまさか酒でも同様のことが起こるとは、これは発見だった。
 ちょうどよい。このままでいくと、苦もなく量を減らせそうだ。今回の体験を前向きに活かしていこうと思う。


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