生活が始まった

 デリーは内陸にある。7月30日にバンコクの家から送り出した家財道具が、タイ湾からマラッカ海峡を越え、インド洋を経て、アラビア海。そしてようやくムンバイ近くのナバシェバ港に着いたのが9月の頭。ほぼ一ヶ月。しかし、そこから鉄道で北上し、ようやくと我が家に到着するまでにさらに一ヶ月を要した。
 段ボール箱から出して、もう一度洗うものはきっちり洗う。生活における我々自身の動線を考えて、それぞれの物のあるべき場所を定める。台所の棚に食器や鍋が収まって、ようやくと10月の最初の週末から、我が家らしくなってきた。
 ハードが揃ったので、生鮮食品が豊富なINA(Indian National Army)マーケットへ食料の買い出し。目の前で絞められる鶏や、それなりに揃っている野菜類、ミネラルウォーターなんかをたっぷり買ってくる。幸いにも、休日出勤をお願いしていた運転手が案内してくれて、店の人との交渉から、車までの運搬を手伝ってくれる。
 野菜は泥がかなりついているので、持ち帰ってまずはざっと洗って冷蔵庫に保管。とりあえずは足の速いモヤシを、酢と一風堂のホットもやしソースで和えて冷蔵庫(店員が「マメモヤシー」と言っていた。日本人も結構来る場所のようだ。モヤシ自体は日本のものほどぷっくりしておらず、かなり細長いのだが、しゃきしゃきしていて新鮮だった)。
 今日はここまでで一仕事とし、家の近くのイタリア料理屋で簡単に夕食。
 そして日曜。本格的に始動。
 まず、パン焼き器の使い方を妻に教える。今後、もし僕が家にいなくても、せめてできあいのミックスの粉さえあればパンくらい焼けるだろう。いや、それ以前に未だに知らない炊飯器の使い方を教えた方が役立つのでは、と思いながらも、僕も買ったばかりの機械を使うのがおもしろくて、とりあえずはパン。
 そして、お弁当にする分を含め、明日からのためのおかずの作りおき。両手で抱えるほどの束で売られていたほうれん草を二度に分けて大きな鍋で湯がく。一つはゴマ和え、もう一つは酢とオリーブオイルと醤油と少々のスパイス類で漬けておく。妻が横で筋を取ってくれたインゲンも、半分はさっと炒めて醤油と味醂と削り節で含め煮。残りをニンニクとタマネギとアンチョビと一緒にオリーブオイルで炒めて洋風に。
 昨日の八百屋で見つけた栗は、一晩水につけておいた。再度熱湯に半時間ほど浸してから皮を剥く。妻が調理バサミで殻をはがし、僕が包丁でちまちまと鬼皮を剥いていく。用途は栗ご飯と、鶏と栗の煮物。
 鶏肉も、「普通は一羽分買います」と運転手が言っていたけれど、どうしたらよいかも分からないので、とりあえずモモから先の部分だけを「皮付きで」とリクエストして5つほど買ってきた。普段、この国では捨てられてしまう部分なので、こういう買い方ができるのはうれしい。
 しかし、煮物の下準備に一口大にしようにも、どこにどう包丁を入れたらよいか難しく、当然だけど筋なんかもそのまま残っているので、難儀しながら捌いていく。骨についた肉は、もったいないのでそのまま煮物に放り込む。ふと、部位ごとに分かれパッキングされたスーパーマーケットでの売られ方が懐かしくなる。
 だんだん、夕方になってくる。焼きあがったパンを味見。ホームベーカリー用の出来合いの粉だから、それほどというわけではないけれど、焼きたてのパンというのはそれでも格別の香りがある。
 サラダオイルでインゲンとオクラを素揚げにする。塩と柚子胡椒をつけて、簡単な食前のつまみ。揚げたはしからぽりぽりとかじる。
 シンハとヱビスの「ザ・ホップ」で始めて、日本酒をちびちびと。いずれもバンコクから知り合いが持ってきてくれた貴重品。美味。
 しっかり野菜を摂るようになって、冷たく美味しいビールも飲めるようになると、ようやく生活が本格的に始動した感がある。  


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