水漬けご飯

 4月のタイは夏の盛り。湿気を含んだねっとり熱い空気に満ちている。
 この季節ならではの一品が、「水漬けご飯」。
 歴史は古く、先住のモン族から、18世紀頃タイに受け継がれた。名君として名高いチュラロンコーン王が特に好んだとされる、風雅な宮廷料理でもある。厳密な作法にのっとれば、準備に一週間かかるとも言う。
 当時は冷涼な雨水が用いられたが、何より肝要なのは清冽な水。そこにジャスミンの花を落とし、温めて香りを移す。
 ふるいにかけた米を綿布にくるみ、ロウソクの火にかけた鍋で、粒が壊れぬよう炊き上げる。
 椀にとったご飯に、一晩置いた先ほどの水を注ぎ、氷を加える。冷凍庫のない時代、氷はシンガポールから輸入される贅沢品でもあった。
 一方、おかず類は様々だ、小指の先ほどに丸めて揚げた、発酵した小エビのペースト。辛味のあまりない長唐辛子にエビのすり身を詰めて蒸し、それをごくごく薄く焼いた卵でくるんだもの。あるいは、干した雷魚の身を詰めて油で揚げた紫小玉ねぎや、細い筋状に仕立てた豚や牛の甘辛い干物などなど。
 ショウガの一種、オオバンガジュツを金香木の花のつぼみの形に彫って添えるなど、付け合わせの野菜にも、華やかな細工がされる。
 ほのかな花の香りと共に、さらさら冷たく喉を落ちてゆくご飯。上品な味に仕上げられた山海の幸。うだるような暑さも、しばし忘れられる爽やかさだ。

神戸新聞/2005年4月8日掲載


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