トムヤムクン

 辛・酸・塩・甘。そこに華やかな香りも渾然一体と凝縮された、トムヤムクン。
 主役は淡水の手長エビ。ハサミになった長い手や腹の一部はサファイアのような藍色をしているが、火を通すと柔らかなピンク色に染まる。むっちりした身だけでなく、頭をほじって味噌をすすることも忘れられない。渋く脇に控えるのは、独特の匂いと歯応えを持つ丸っこい袋茸。
 スープの味の根幹は、干しエビ・玉ねぎ・ニンニク・唐辛子などを油で炒め、砂糖や塩で味付けたペースト。香りを奏でるのは、日本の生姜よりも鮮烈な南姜と、柑橘系の芳香を放つレモングラスにコブミカンの葉。そこに、ナンプラー(魚醤)、ライム果汁、コリアンダーの葉、生の唐辛子も加わる。さらにココナツミルクで、とろりと濃厚に仕立てることもある。
 ひとたび口に入れると、ありとあらゆる味蕾がビクンと震える。その複雑さは一言で形容できるものではないが、何よりも唐辛子の刺激は強烈だ。
 意外なことに、タイ料理と唐辛子の出会いは、わずか500年ほど前のこと。コロンブスが西インド諸島からヨーロッパに持ち帰り、その後ポルトガルとの交易がアユタヤ朝へもたらした。だが今や、多くの料理に唐辛子は欠かせない。
 異文化を巧みに取り込む進取の気性、そして重層的ながらも深く調和の取れた味。トムヤムクンはまた、タイ文化そのものの特徴も体現している。

神戸新聞/2005年4月15日掲載


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