虎が泣く
タイ語で「虎から逃れてワニに出くわす」と言えば、日本語の「一難去ってまた一難」に相当するように、虎はあまり友好的な動物だとは思われていない。
しかし、その猛獣さえも、思わず涙をこぼすという、東北地方の料理がある。その名はまさに、スア・ローンハイ(虎が泣く)。
まさか、虎の肉を食べる!? いやいや。正体は、タレに漬けて焼いた牛肉。
名前の由来については、諸説紛々。
その1、虎も泣き出すほどに美味しい。その2、焼いているとき、脂の滴る様子が涙のよう。その3、筋膜があまりに固くて虎でさえ噛みづらい。その4、その筋膜があるため避けていたが、食べてみると美味しいので、これまで口にしなかったことを惜しんで虎が泣く。
牛の肩肉を、白醤油とナンプラーとに1時間ばかり漬けこみ、炭火でじっくり火を通す。
周囲はこんがり、そして一口大に切られた断面には、ほのかにピンク色の柔らかな肉と、輝くほどに透明感のある白い脂肪。
熱々のところを、唐辛子粉、紫玉ネギ、挽き炒り米、ナンプラー、ライムを混ぜたタレにつけて口に運ぶ。じゅわっとあふれる肉汁と甘い脂の香りとが、ピリリと辛いタレをまとって口から鼻腔に抜ける。
箸が次々と進むと同時に、傍らのビールもあっと言う間に空になる。
「虎」を迎え撃つタイのビールのブランドには、動物が多用されている。獅子、象、馬、豹……。さらに、シンガポールの虎ビールまでも現地生産されている。
焼肉とビール。虎でなくったって、この取り合わせには感涙ものだ。
神戸新聞/2005年7月1日掲載
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