ローティー

 道端の食事は楽しい。ご飯や麺類だけでなく、甘いお菓子だって路上に出た小さな屋台で食べることができる。
 ムスリムの料理の一つ、ローティー。南アジアでは、カレーとともに食したり、あるいは肉を挟んだりすることが多いが、タイでは、お菓子の部類に入る。
 イスラム教徒の多い南部地方に限らず、バンコクでも普通にお目にかかる。スカーフをまとった女性が商っていることもよくある。
 準備はいたって簡単。小麦粉に、塩と水と卵とマーガリン(本式にはギー)を混ぜて練った生地。それだけと言えば、それだけ。
 だが、調理の手際の良さには、いつ見てもあっけにとられてしまう。特に、生地を延ばすやり方は見ものだ。
 ピンポン玉大に丸めて寝かせておいた生地を、手のひらで台の上にぎゅっぎゅっと押しつけ、直径10センチほどに伸ばす。
 一端を両手の指でつまみ、ひゅっと向こう側に放り投げるような仕草。つかむ位置を少しずつずらしていくことで、瞬く間に均等に丸く広がっていく。破れそうに見えても、そこはプロの技。
 熱した丸い鉄板に、油とマーガリンを落とし、透けるほどに薄くなった生地を乗せる。じゅうっと音がして、泡がぷつぷつ弾ける。
 即座に卵を割り入れ、フライ返しの角で黄身をちょんとつつく。黄身と白身をかき混ぜつつ、まんべんなく塗りつける。休む間もなく、バナナの皮をむき、ナイフで薄切りしながら、中心部に乗せていく。
 生地の周囲を持ち上げ、具を包み込むように四角形になるよう畳み込む。きれいなきつね色が表れる。真ん中に、もう一度マーガリンを落とし、くるりとひっくり返す。
 皿に取って、フライ返しでざくざくと一口大。好みで、砂糖、コンデンスミルク、チョコレートを選んでかける。いずれも、量はかなりたっぷり目に。
 竹串で刺し、熱々の一切れを口にする。
 皮の外側はカリカリっと、内側はもっちりとした歯ごたえ。軽く火の通ったバナナと卵の黄身の香りがふわりと優しい。甘味はずいぶん強いけれど、暑い空気の中では、むしろこれくらいがちょうどよい。
 最近、バンコク都の方針で、屋台は月曜休業とされた。歩道には清掃員が出て、散水車がほこりを流し去って行く。
 普段よりさっぱりした街で、どうしてもローティーが食べたくなっても、火曜までの我慢。

神戸新聞/2005年10月28日掲載


戻る 目次 進む

トップページ