ムー・サテ
ヒンドゥー教徒は、シヴァ神の乗り物である牛を食べることはない。ユダヤ教が律法で認めるのは、割れたひづめを持ち、反芻する草食動物。したがって、豚や馬は食用されない。イスラム教では、豚を不浄とする。
アッラーの啓示を集めたイスラムの聖典、クルアーン(コーラン)。「雌牛」の章、第173節。「かれがあなたがたに禁じられるものは、死肉、血、豚肉、およびアッラー以外(の名)で供えられたものである。」
肉はもとより、ラードも使用しない。
2001年が明けたばかりのインドネシア。味の素の現地法人が、製造過程で豚由来の酵素を利用していたことが大きな問題になり、逮捕者まで出た事件があった。
中東に源を発する、肉類を串で刺して焼く料理をケバブと総称する。当然、イスラム教国では豚以外の肉を使う。調理法は様々で、挽き肉だったり、一口大だったり、またはドネルケバブのように、何層も重ねたり。
羊を材料にするインドのシークカバブを経て、東南アジアへ。
インドネシア、マレーシアでは「サテ」と名を変えるが、やはりムスリムが多いため、牛か鶏。
串刺しの焙り肉は、やがてタイでも人口に膾炙した。
小さな炭火のコンロの上で、竹串に刺した肉が次々と焼き上がる。
下味として漬け込むタレは、ショウガ、レモングラス、ターメリックに塩コショウ、砂糖、ココナツミルク、コリアンダーの種、クミンシード。焼いている最中にも塗りつける。
つけダレは、とろりと甘めで、ピーナツの香りがぷんと立ち上る。砕いたピーナツの他、ココナツミルク、タマリンド酢、「ナムプリック」と呼ぶ香辛料やハーブを臼でついて味噌状にした調味料の一種などが混ぜてある。
付け合わせには、アーチャートという、キュウリ、紫タマネギ、トウガラシの甘酢漬。
炭火で軽くトーストし、一口大に切ったパンと一緒に食べることもある。
薄切りな上、一切れの大きさは指の先ほどなので、10本とか20本の単位で注文するが、いくらでもお腹に収まる。
この料理、タイ語ではムー・サテ。意味は、「豚肉のサテ」
イスラム文化圏に由来するはずが、タイでは豚肉料理へ大転換。牛や鶏のサテもあることにはあるのだが、あまり見かけない。サテと言えば、まずは豚。
厳格なムスリムが見たら、さて、なんと言うか。
神戸新聞/2005年11月4日掲載
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