卵焼き乗せご飯

 「ご飯食べた?」と聞かれて、「うん、サンドイッチを」と答えたら、不思議な顔をされた。
 「パンは、ご飯じゃないよ」
 タイで「ご飯・食事」と言えば、米か麺類。それどころか、その麺ですら小麦ではなく米製の物が多く、結局は米を口にしていることが多い。
 タイ語では「作物としての米」「炊いたご飯」、さらに「食事」までの意味を「カーオ」という一語が引き受ける。
 手軽にさっとお米を食べる日常食、カーオ・カイ・チアオ。
 ナンプラーとコショウを入れて溶いた卵を中華鍋でふわっと揚げ、白ご飯に乗せた物。外側はカリッときつね色、中はふんわり。噛むとしみ出す油も、ぱらりとしたタイ米によく合う。
 米はまた、日々の糧であると同時に、菓子や酒の原料としても欠かせない。
 さらに、重要な輸出産品でもある。世界全体での生産量は、人口の多い中国やインドが上位を占めるが、輸出量では、タイが一位。
 中でも「ホーム・マリ(ジャスミンの香り)」は、世界に誇るブランドである。
 多少粘りがあるため向かない料理もあることや、高価なこともあって、国内消費は2割に留まる。残りはシンガポールや香港をはじめ、北米やヨーロッパ、中近東などにも輸出され、需要は年々高まっている。
 3年前、この香り米を広く紹介するために、商務省が各国語の料理集を刊行するに当たって、シリントーン王女からも「太陽の卵」というメニューが寄せられた。
 父親(現国王)がスイスに留学していた幼少時代に、自身で作っておられた、いわば、カーオ・カイ・チアオの簡易版。
 外国では入手しづらいナンプラーの代わりに、大豆原料の醤油に似た調味料(ブランド名をとってマギーと呼ばれることが多い)を用い、ご飯も一緒に卵に混ぜて丸く焼くシンプルな物。
 王様も庶民も、タイ人の食生活から欠かすことのできないお米。
 子どもたちはこう教わるという。「ご飯を残してはいけません。女神様が悲しまれますよ」
 稲の生育を見守り、豊穣をもたらすメーポーソップという守護神がいる。
 だが、彼女にはいじけ気味なところがあり、気に食わないことがあると、ぷいっと持ち場を離れてしまう。昔の人たちは、不作をこう考えたそうだ。
 紀元前3,500年頃から行われているタイの稲作は、今日も脈々と続いている。

神戸新聞/2005年11月11日掲載


戻る 目次 進む

トップページ