カノム・クロック

 タイのお菓子、カノム・クロックを焼く鉄板を目にした関西人は、必ずやこう驚く。
 「たこ焼き器やん!」
 よく見ると、穴はもう少し広くて浅い。上新粉とココナツミルクで作った生地を流し込んでふたをする。途中でひっくり返さず、でき上がった二つを球状に合わせて食べる。
 きつね色の薄皮は香ばしく、軽く前歯で挟むだけでさくっと小気味よい。とろけ出す熱々のココナツミルクに、思わずふはふは。
 「愛し合う二人のお菓子」との意味を持つその名には、こんな由来がある。
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 昔々、ある村にカティという男がいました。竹を割ったような性格で仕事熱心。庄屋の一人娘、ペーンと思いを寄せ合っていました。
 灯ろう流しの夜。二人は水牛の背に揺られながら、月の下で誓ったのです。
 「どんな障害も、真実の愛で乗り越えよう」
 一生懸命お金をためたカティは、結婚の承諾を得ようと庄屋の元を訪ねました。
 ところが、彼のことを快く思っていなかった庄屋は、屈強な男を集めておき、散々に痛めつけたのです。
 何日も起き上がれないほどのひどい傷を負ったカティ。それでも「これしきでくじけまい」と改めて決意しました。
 その後、庄屋がペーンと町の若者との結婚を企てました。
 カティは、式を挙げさせまいと飛び出したのですが、庄屋は一枚上手。あらかじめ、落とし穴を掘って待ち受けていました。
 父親の悪巧みを耳にしたペーン。すぐさま恋人に知らせるべく、家から抜け出し夜道を行きます。
 途上、互いの姿を認めた二人は、喜びのあまり駆け出しました。
 何ということでしょう、その時、ペーンが落とし穴に落ちてしまいました。驚いたカティは、彼女を助けようと飛び込みます。
 しかし、例の男たちは、カティがわなにかかったと思い、穴を埋めてしまったのです。
 翌朝、庄屋が目にしたのは、カティがペーンを抱きしめ、幸せの中で息絶えた二人の姿でした。
 涙にくれた庄屋は、「誰あろうと、愛を妨げてはならないのだ」と思い、広く世に知らしめるため、その場に碑を建てました。
 その碑がどこにあるか、はっきりと知る人はありません。ただ、その思いは大切に受け継がれています。
 二人の愛を信じる人々は、ペーン(粉)とカティ(ココナツミルク)とで、良い香りのする甘いお菓子を作るのです。

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 焼き上がった二つを重ね合わせるのには、「二人がいつまでも一緒にいられるように」との願いがこもっている。

神戸新聞/2005年11月25日掲載


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