カキ鉄板焼き

 「海の幸」と聞くと、どうしてもエビやカニを連想してしまい、見た目も地味な貝は隅の方に追いやられてしまいがちだ。それでも、タイ料理では貝も色々に食べられる。
 アサリの一種(イヨスダレガイ)とホーリーバジルを辛い味付けで炒めた物は、ご飯と一緒に。ミドリガイは、レモングラスとナンキョウとスウィートバジルと共に土鍋で蒸して、香り良い一品に。
 炭火で焼いただけのアカガイの類(ハイガイ)を、ピリッとしたタレにつけてつまむと、ビールのあてにもってこい。
 カキも好んで用いられる一つだ。リゾートとして有名なサムイ島を擁するスラートターニー県が名産地。塩漬けにして発酵させたオイスターソースは、炒め物の隠し味に欠かせない。
 タイに遊びに来た人をシーフードの店に案内して、「ところで、生ガキ食べてみる?」と聞くと、一様に驚いた顔をされる。
 「東南アジア=衛生状態に問題がある」という発想は、あながち間違いとは言い切れない。とてもではないが生は遠慮したい、と言うのも選択肢の一つだ。
 が、本当のところ、残念な気がしなくはない。砕いた氷の上に盛られた殻つきのままの白く輝く身に、揚げ紫タマネギと、苦味のあるギンネムの若芽をぱらりと散らし、焼きトウガラシのペースト(ナムプリック・パオ)を添え、ライムを絞ってチリソースを垂らしたところを一気に口に放り込むのは、この上ない舌の快感なのだが……。
 だが、無理強いする話でもない。さすがに生はちょっと、という場合、オースワンを注文する。例えるなら、カキのもんじゃ焼き、あるいは卵とじ。
 さっと湯通ししたカキに、3cmほどに切った青ネギを加え、塩コショウと白醤油、それに少量の水で溶いたスターチを加え、よく混ぜ合わせておく。
 溶き卵を炒めたところへ、そのカキを加える。
 同時に、鉄板でヒゲを取ったもやしを炒めておき、その上に、カキ・卵を乗せる。
 仕上げに、刻んだコリアンダーを飾り、じゅうじゅう音をたてている鉄板ごと食卓へ。好みでチリソースをつけてもよい。その味には、勢いがある。
 カキも卵もモヤシも火の通しすぎは禁物。それでいて、熱々でなければ魅力が半減するという、タイミングが物を言う料理。
 火の通った、ぷりぷりと甘い濃厚な身をほお張るのも、まったくもって悪くない。

神戸新聞/2005年12月2日掲載


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