フカヒレスープ

 昨今のバンコクでは少々珍しい、伝統的なスタイルの結婚式に招かれた。
 当日の朝、花婿が花嫁を乞う場面が特に興味深かった。
 繁栄を表すサトウキビとヤシの苗を掲げた二人を先頭に、結納の品々を手にした行列が、花婿と共に進む。花嫁の家の前では、親戚の子どもたちが立ちはだかって邪魔をする。そこで、あらかじめ用意しておいたご祝儀で懐柔し、部屋まで迎えに行くのだ。
 お昼前まで各種の儀式が続き、そしてお待ちかねの祝宴。この日は、めでたい席で好まれる、ト・チーン(中華料理の卓)の形式だった。
 このメニューに欠かせない一品が、フカヒレスープ。裕福に暮らせますようにとの願いを込めて。
 豚骨、鶏、干し貝柱、中華ハムなどからとって、とろみをつけたスープは、テーブルに運ばれてもしばらくの間は、土鍋の中でぐつぐつ煮立っている。具には、フカヒレの他に、カニ肉と干しシイタケが。
 ヒゲを取ったモヤシとコリアンダーを入れ、好みでコショウを振りかける。
 コラーゲンの固まりのようなフカヒレはくにゅくにゅ、瑞々しいモヤシはしゃきしゃきと。カニやシイタケのうま味が華を添え、れんげを口に運ぶ手が止まらない。幸福な新郎新婦とともに、参列者も口福に浸る。
 タイの近海でサメが獲れるため、特に中華街を中心として比較的安価に食べることができる。屋台でも売られているほど。
 「魚翅」という漢字表記もよく目にするが、タイでは「サメの耳」を意味するフー・チャラームと呼ぶ。
   昔、中国人の料理人が「これは何か」と問われた際、「ヒレ」というタイ語を知らず、とっさに「耳です」と、答えたからだとか。
 質を追求して上を見ればきりはないが、一番安い価格帯の300バーツ(約840円)の物でも、にわかには信じがたいほどの量のフカヒレが入っている。二人で一皿を食べて、十分満足できる。
 そう、タイのフカヒレスープは、飲むものではなく、まるでソバのように食べるものなのだ。

神戸新聞/2006年1月20日掲載


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