舟の麺

 稲作に必要な水を確保するために、タイの国土に縦横に拓かれた運河。
 バンコクの王宮がある辺りをラッタナコーシン島と呼ぶが、かつて一帯が運河に囲まれていた名残である。
 近年では埋め立ても進んでいるが、少し郊外に出ると、まだまだ生活の場である。
 活躍するのは、二人乗りほどの小さな手こぎの舟。早朝には、くすんだ黄色い袈裟をまとった僧が托鉢にまわる。野菜や果物を積んだ舟では、賑やかに商売が行われる。
 家々では、運河の水で洗濯をし、子どもたちにとっては格好の遊び場となる。
 人の行き交うところ、必ず食べ物屋が登場する。
 「舟の麺」という意味のクウェイティアオ・ルアは、舟で、あるいは船着き場などで売られている麺料理の総称である。
 まず、麺を選ぶ。米を原料にしたものは、極細から、きしめんの数倍までと、太さの違いで3種類。湯がくと半透明になり、くにゅくにゅした歯ごたえが特徴的。それに、小麦と卵で作った縮れた中華麺がある。
 具には、肉団子、薄切り肉、レバー、肺、腸などの内臓類。牛が一般的だが、豚も食べられる。野菜は、さっと湯がいた空芯菜。じっくり炒めたニンニクも、香りづけに欠かせない。
 牛や豚の骨からとって、シナモン、八角、ニオイタコノキの葉、コリアンダーの根などを加えてじっくり煮込んだスープだが、「ナム・トック」と頼むのが定番。
 逐語的に訳せば「落ちる水」なのだが、この場合は動物の体から滴る液体を指す。
 お玉に新鮮な血を注ぎ、煮立っている鍋に浸し、熱々のスープと混ぜて火を通す。茶色く濁ったスープは、こくと甘味があり、味わい深い。後口はさっぱり。
 生のスイートバジルの葉とモヤシを加える。かりかりに揚げた一口大の豚の皮をトッピングすると、パチパチと音をたてて汁を吸い、一層食欲がそそられる。
 丼があまり大きくないので、何度もお代わりをする。空いた丼をいくつも積んでいくのも、当たり前の光景。

神戸新聞/2006年2月10日掲載


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