コーヒー

 アユタヤ時代に伝来したコーヒーは、タイ語ではカーフェーと呼ばれる。
 定番は、街角の「喫茶屋台」で飲むカーフェー・イェン(アイス・コーヒー)。
 ネルドリップなのだが、やり方が少し変わっている。何番煎じと言えばよいのか、抽出したコーヒーを何度も同じ豆に通す。
 その濃厚な黒い液体に、たっぷりの砂糖を手早く溶かす。熱いまま、砕いた氷をぎっしり詰めた小さなビニル袋に注ぎ、これでもかというほど、練乳を流し込む。
 袋の取っ手を持ち、ストローで飲む。冷たくて、ほおがキュッとするほど甘い。
 暑さに疲れたときには、無性に甘く冷たいものを欲するので、これはこれで悪くない。
 ただ、最近は、都心部を中心に、いわゆるシアトル系の店も増えており、本格的なコーヒーも広まりつつある。
 アジア産の豆として、インドネシアのジャワやマンデリン、ベトナムのロブスタなどが有名だが、実はタイの北部というのも生育に適した土地だ。
 まだ広く知られるにはいたっていないが、アラビカ種が栽培されており、代表的なブランドは、最北のチェンラーイ県にある山の名をとった「ドーイ・トゥン」。
 一帯は、黄金の三角地帯の一角を占め、かつてはアヘンの生産や流通で悪名を馳せていた。
 ケシ畑のための無謀な伐採や焼畑によって山々は荒廃し、人身売買、売春、エイズ、児童労働など、貧困に根ざした問題が山積する土地だった。
 その姿を目にされた皇太后が、「ドーイ・トゥンに森を」と、1988年にプロジェクトを立ち上げられた。
 環境保護、持続的発展、就業、公衆衛生、麻薬患者のリハビリ、教育など、問題解決に向けた各種活動の中、山岳民族が収入を得るための作物の一つとして選ばれたのがコーヒーだった。
 1995年に皇太后が亡くなられた後も発展を続け、現在では、国連によって、世界で最も成功した代替作物プロジェクトの一つと賞されている。
 食後の一杯に、新しい時代のタイコーヒーはいかがだろう。

神戸新聞/2006年3月31日掲載


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