アンダマン海からミャンマー国境を一日で

 ANAのプラチナポイント(PP)獲得という観点から、タイ航空の国内線の費用を分析してみる。
 条件はこうだ。エコノミーの正規運賃だと、区間マイル100%+400PP。格安のエコノミーでは400PPがつかず、積算率も70%や50%に落ちる。正直、これは魅力が薄いので勘案しない。
 ビジネスクラスでは、割引航空券も対象で、区間マイルの125%+400PP。
 ところで、400PPは一律におまけされる。当然ながら、区間の距離が短い方が航空券料金は安い。400PPの積算のために2,000バーツの短距離路線か、4,000バーツの路線かどちらが効率がよいかというと、前者である。そしてタイの国内路線は、一番長いチェンマイ・プーケットでさえ、740マイルしかない。日本で言えば、伊丹・釧路程度での距離である。羽田・那覇間は、この1.4倍ほどもある。
 中でも特別に、チェンマイ・メーホンソーンは、タイ国内最短区間の75マイル。エコノミークラスしかないが、PP単価が3.83バーツと群を抜いて安い。およそ10.4円で1PPが確保できる。
 続いて、バンコク・チェンマイの4.08バーツ。これはビジネスでもエコノミーでも単価は同じだ。次いで、バンコク・プーケット、ビジネスクラス利用での4.17バーツ。都合のよいことに、この二都市はバンコクからの便も豊富に出ているので、同日での複数回往復が可能となる。
 逆に、PP単価がもっとも高額になるのは、バンコク・サムイ島のエコノミーで、5.75バーツ。これは、おそらく修行で利用することはしないだろう。(サムイ島へダイビングに行くことはあり得るが、そのときはバンコクエアウェイズを選ぶ)
 さて、このように国内全路線を一覧として作成し、じっと睨みながら、さて初めての修行はどこを乗ろうかと考える。やはり価格の安さに目がいき、まずはメーホンソーンを狙う。後はチェンマイ往復を繰り返すのが一番効率的ではあるが、少々豪勢に、南はプーケットから、北はチェンマイとメーホンソーンを周遊するルートを作り上げた。
 設定のないチェンマイ・メーホンソーンを除いては、ビジネスクラス(C/J)。ビジネスクラスは一般的に高価だと認識されている。ビジネスやファーストに乗れば、1時間早く目的に着くというわけでもない。だから「移動」が主目的である場合は、確かにそうとも言えるだろう。ただ、PP獲得を主眼にするのならば、その単価が基準になるのだ。むしろビジネスの方が安い上に、空港での待ち時間もラウンジが利用できる利点もある。
 プーケットと言えば、「アンダマン海の真珠」とも呼ばれ、世界的な海のリゾートである。個人的にも、ダイビング目的でよく訪れる。一方、タイ第二の都市チェンマイは、「北方のバラ」と賞される美しい古都で、山の代表的な観光地である。そしてそこからプロペラ機でさらに北上したメーホンソーンを有名にしているのは、いわゆる首長族に代表される様々な山岳民族の存在。この県を流れるサルウィーン川はミャンマーとの国境線をなしている。6年ばかり前に旅行で訪れたことがある。
 さて、丸一日をかけて、いわばタイ観光のハイライトとでも言うべき土地土地を訪れることを決めた。ただ、行くけれど、何もしない。空港から出て何ができるほどの時間もない。特にメーホンソーンなんて、同じ機体での折り返し運行便だから、到着してからまた出発するまでに20分しかない。タラップを降りて、到着ロビーを抜けて、出発ロビーへ回ってまたそのまま搭乗。空港内を一周しておしまい。

… … … … … … …

■ 2009年4月4日(土) TG203
07:40/スワンナプーム → 09:00/プーケット

 土曜日だというのに、午前6時起床。洗濯機を回しておく。後で妻が干しておいてくれる算段。ベッドに眠る妻に行って来ますとだけ言って、高速を飛ばせば、ドアトゥードアで30分を切って早朝のスワンナプーム空港。
 国内線、国際線が階で分かれていない。何番の入り口かは、航空会社によって決まる。タイ航空はゲート1、2だが、普段使うのは2の方ばかり。1の入り口はファースト、ビジネス用のチェックインカウンターにつながっている。だから、本日は、1の方。

1番ゲート

 タイのチェックインカウンターには、ビジネスやファースト、国際や国内という種別の他に「議員用」というのがあるのが珍しいと思う。さすがは国営系企業。
 e-ticketを3通示し、「全部チケット出ます?」と訊いてみる。「メーホンソーン路線以外はだいじょうぶですよ」ということで、4通の搭乗券が出てくる。タイ航空のビジネスクラスは、「ロイヤル・シルク」との名前がついている。エコノミーだと赤い色なのだが、今日の搭乗券の上部は紫色。おそらく、タイの名産である蘭の花を意識しているのだろう。しかし、これだけ一気にチケットを手にするのは初めてだ。それだけで心は浮き浮きする。

ビジネスチケット

 搭乗ゲートと搭乗時刻をボールペンでくるっと丸がつけられるのはいつもの話。加えて、プーケット→バンコクと、チェンマイ→プーケットのいずれも帰路便の券には、「RCI」と手書きされた。リターン・チェック・イン、だろうか。
 ゲートに着くと、既にファイナルコールの表示が出ていた。ラウンジに寄れないのは残念だが、どうせ今日の昼過ぎにはまたここへ戻ってきて、チェンマイ行きへの待ち合わせ時間が利用できるので、それで良いのだ。
 どこか英語を話す国の人たちの乗り継ぎ客が大量にいた(航空会社の係員が、そういう乗り継ぎ乗客を識別するステッカーが服に貼られている。外国からバンコクで乗り継いでプーケットへ入ると、入国はプーケットで可能になる。到着時に向かう場所が国内線利用者とは異なる。)。
 搭乗も始まっており、混雑している搭乗ゲートも、紫のチケットには何のその。すたすたと進んでいき、搭乗券とパスポートを見せると、にっこり笑って「どうぞ」と通してもらえる。
 欲しいのは、これ、なのだ。ステータスが高くなると、飛行機の旅での不可避なロスの時間といらだちをかなりの程度解消してくれる。ああ、早く生涯のゴールドメンバーシップが欲しい。
 バスで機体まで。飛行機はボーディングブリッジにつながっているのに。世界中に空港は何千とあるだろうが、おそらくはこんな体験ができるのはスワンナプーム空港だけではないだろうか。沖止めではないのに、バス利用。
 空港の建設が不備で、開港したものの一部ボーディングブリッジは滑落の危険があるために使用が不可となっているそうだ。タイらしいと言えばタイらしい話である。バスでボーディングブリッジの直下に到着し、階段を上がって機内へ。
 747-400は予想通り旧塗装。国際線でこれに当たるとがっかりするが、なに、1時間ほどのフライトである。
 それに、何より、修行の始めは優雅にいこうとファーストクラスを押さえているのだ。機体は古くとも、居住性はかなり快適であろう。
 間違えた。乗り込むのはファーストクラスではない。あくまでビジネスクラスである。ただ、座席がファーストクラス。
 搭乗24時間前になると、ウェブからのチェックインと座席の指定が可能になる。昨日、シートマップを見ていると、機体前方、丸っこい鼻のあたりは、ぽつ、ぽつとしか座席がなかった。路線によっては、ファーストの設定になるべき場所である。国内線には設定がないため、ビジネス客が利用できる。2Aという窓際の座席を確保。機体の左側を確保するのは、出入り口により近いためである。

ファーストクラス座席

ファーストクラス座席

 まだまだ、エコノミーの人が続々とバスで運ばれて乗り込んでいるであろう時間。ウェルカムドリンクが配られ、熱いおしぼりが供される。
 塗装は古いが、内部は改装されていた。一番新しいタイプの座席になっている。ここでまず目を引いたのが足の先にある四角い台。足置きである。手元のリモコンで座席の色々な位置や角度を調整できるのだが、ボタン一つでこの四角もずりずりと寄ってくる。靴を脱いで、両足を投げ出せるようになっているのだ。

座席コントローラー

足置き台

 離陸してしまえば、上昇の間にすぐ海に至り、あとはずっと雲と海。島もあまりないので風景は単調だ。
 「プーケットの天候は良好です。気温は摂氏28度」
 まあ、空港ビルから出ないから気温は関係ないけど。朝だというのもあるかもしれないけれど、昨日のバンコクより10度低い。
 朝食。座席の横から客室乗務員が引っ張り出してくるテーブルは、これまで見たことのない大きさ。小学校の教室にある机の1.5倍くらいありそうだ。ぱりっとした白いナプキンがひかれる。
 朝食なので、メニューは軽い。ツナサンドウィッチ、鶏のチーズ挟み揚げ、パイナップルとメロン。食器はちゃんと陶器だ。

機内食

 機内サービスはよくケアされている。コーヒーのお代わりはいかがですか、テーブルをしまう方が良いですか、それとも出したままにしておきましょうか。お水は、ジュースは、いかがですか。
 さすがはファーストのキャビンだと感心したのはトイレの数。客席の数10に対し、トレイは2室。5人に一人の割り当てだ。この機体のエコノミークラスの座席数に同じ割合を適用してみると、なんとトイレが65室もある換算となる。単純に言って65倍便利にできている。
 ただ、中身はがっかりだった。広いわけでもなく、ごくごく普通のせせこましいサイズ。エコノミーにはない、手ふき用の小さなタオルが積まれているけれど、特に何があるわけでもない。アメニティーの棚にも、生理用ナプキンと吐瀉物袋、予備のトイレットペーパーがあるだけだった。TGのビジネスでも国際線だと確か蘭の花が飾られていた気がするのだが。
 降下を開始。1時間ちょっとだから、あっという間。
 「パソコンなどの電子機器のスイッチを切るように」という指示と、「座席を元の位置に」というアナウンスとの間には数分ある。なので、それまでずっとぱたぱた叩いていたPowerBook G4をしまうと、この数分の間にもせっかくなのでフルフラットシートを楽しむ。完全平ら座席とは何ぞや。座席だと思っていたものが後ろに倒れ、足置きがせせり出し、ベッドに早変わりするのだ。

フラットシート

 さて着陸間際。海岸が視界に入り、たった1時間南下してきただけなのに、海の色が違う。スワンナプームを出発してすぐの海はタイ湾。一方、プーケットが位置するマレー半島の西側はインド洋に連なるアンダマン海、外洋である。
 密度の濃い青い海、そしてめいっぱいに満たされているまぶしい朝の光に、「いっそ今日は全部キャンセルして、このままダイビングへ行こうか」という誘惑が芽生えた。海が近づくにつれ、その思いは強まるが「待て、今日は修行の日だ。それに、1週間後の旧正月の休暇は石垣島ではないか。はぁはぁ」と自身を落ち着ける。
 ところで、最初からずっと座席をフラットにして寝ている人がいたのだが、着陸間際になっても目覚めずそのまま。乗務員も点検に来なかった。彼は、着陸のドンという衝撃でようやくお目覚めだった。危ないと言えば危ない。

寝続ける乗客

 「タイ国際航空、スターアライアンスを代表し、機長始め乗務員一同、近い内にまた皆様へサービスできることを心待ちにしております。本日はご利用ありがとうございました。サワディー・カー」
 近い内どころか、まさか2時間もしない内にまたタイ航空にサービスしていただくことになろうとは誰も思うまいと、一人にんまり。
 プーケット空港は海に面している美しい空港である。近いところだと、目測だけど30m先にエメラルドグリーンがある。だからあのインド洋大地震の際には、津波で滑走路が冠水し、一時的に機能が麻痺した。
 さあ、プーケット。ボーディングブリッジが接続され扉が開くと、まずはビジネスクラスの乗客からどうぞ。
 プーケットも10ヶ月ぶりである。とは言え慣れたもの。引き取る荷物もないので、バゲッジクレームで足を止めることもなく、出口へ。
 旅行代理店やホテルからの迎えの人たちが、手に手に客の名前を掲げてずらりと待っている。普段ならここでダイビングショップの人と待ち合わせるのだが、今日はそういうこともない。

ピックアップの人々

 そのまま2階に上がって搭乗口へ向かおう。と、思ったものの、どうも上に上がる手段が見つからない。しょうがないので一度ターミナルビルの外に出て、ゆるやかな上りになっている車道を徒歩で出発階へ。

車道から出発階へ

 搭乗券も既に持っているので、パスポート検査を受け、荷物検査を通過。
 一度妻に電話を入れる。
 「プーケットやでー。ええ天気やねん。このままダイビングしたろかーって思ってもたー」
 「それはええ考えや。家に帰って来なくてもええねんで!」と明るく言われてしまう。
 そのままロイヤルシルクラウンジ。やはりと言うべきだが、国内線なのでアルコール類は用意されていない。特段ゴージャスな感じがあるわけでもないが、まあそれはしようがないだろう。

プーケット空港ラウンジ

プーケット空港ラウンジ

 コーヒーメーカーで一杯いれ、受付で配布している無線LAN接続のパスワード(もちろん無料)をもらい、今日の修行記録を続ける。
 サンドイッチや果物類(南国らしくパイナップルやマンゴーやグァバなど)の他、クリームマッシュルーム、ツナ、チキンソーセージ、フェタチーズと、なぜか一口サイズのパイが豊富。ダイエット中でもあり、特段美味しいわけでもないことは知っているので、手が伸びるわけではないが。
 搭乗予定時刻が近づいて、そろそろパソコンを閉じようかと思っていたらアナウンスが流れた。
 「TG206便は到着機材の遅れのため、11:40出発へ遅延いたします」
 20分遅れである。バンコクに着いた後、チェンマイへの乗り継ぎまでは1時間10分あるので、まったく問題ない。修行記録を書き続けよう。
 さて、搭乗20分前である。そろそろ搭乗口へ向かおうかと思い、荷物を片づけて立ち上がったまさにその瞬間、ラウンジ内にアナウンスが入った。
 「タイ航空206便、バンコク・スワンナプーム行きは、到着機材の遅れにより、出発が遅延いたします。新しい出発予定時刻は11:55となります」

■ 2009年4月4日(土) TG206
11:25/プーケット → 12:50/スワンナプーム

 つごう、35分遅れである。バンコクでのラウンジ滞在時間が削られていく。別にプーケットだろうがバンコクだろうが、どちらでも良いのだが、せっかくだから色々体験したい。できればバンコクのラウンジへも足を運びたい。
 A330は新塗装機体だったが、中に入ってみると座席は旧タイプだった。残念。
 行きと違い、空席が目立つ。30近いビジネスの方も半分も埋まっていない。
 往復とも、たまたまだが、子どもがいた。大きな座席をもてあまし気味に、それでもゆったり腰掛けている子どもを見ると「なんだこのやろう」と思ってしまうのは、庶民のひがみである。
 眼下は真っ青な海である。この上ないくらいのよい天気。季節としては、まさに真夏にあたる暑季である。魅力的な風景に、これを見るためだけに飛行機に乗ったとしても、それはそれでよいものだと思わせるほどに。

プーケット上空

 ベルト着用ランプが消えるとすぐに食事。自分の席のテーブルにパソコンを置いて作業していたら、何も言わずに隣の空席のテーブルを出し、そちらにセッティングしてくれた。
 鶏肉のパテのパイ皮つつみ、小エビとサザンアイランドドレッシング。メロン。タイの小菓子2品。

機内食

 間もなくすると雲の中に入り、かたかたと細かな揺れがずっと続く。窓の外は、塗りつぶしたように白一色。テレビドラマの機内シーンのように、どの窓から向こうも平板な真っ白の世界。しかし、そんな雲をさえも、太陽光線は強力に突き抜けて、目がちかちかするほど。仕方なくブラインドを半分だけ下ろした。
 バンコクに戻って機外に出られたのが13:35。次のチェンマイ行きの搭乗が始まって既に5分経っている。国内線乗り継ぎなので、ゲートは同じエリアにあるはずだから、間に合わない、という危惧はない。だがしかし、のんびりしている余裕はない。結局、バンコクでラウンジが使えないではないか。
 今朝発券の搭乗券にはまだゲートが記載されていなかったので、地上係員をつかまえて訊いた。
 足早に、A2Cのゲートに着いて急いで搭乗券とパスポートを提示すると「チェンマイ行きはもうしばらくお待ち下さい」
 引き返してラウンジへ行くかと思ったが、直後に「5分後に搭乗開始予定です」とのアナウンスが流れた。ちぇっ、ちぇっ。

■ 2009年4月4日(土) TG112
14:00/スワンナプーム → 15:10/チェンマイ

 結局、この便も20分遅れの出発となった。A300-600は、新塗装だが、やはり内部は古い。しかも先ほどの便よりいっそう古い。座席のリクライニングが電動になっていないし、フットレストさえもない。トイレの使用状況のランプは、むしろ懐古的な感じすらただよう物だ。
 座席は11K。どういうことなのか、最前列なのだが11列。
 配られるおしぼりは、冷たかった。そう言えば、朝の便は熱々だった。

機内食

 午前は南だったが、これから北へ向かう。水田が広がる中央平原を一直線に北上。

中央平原

■ 2009年4月4日(土) TG196
16:20/チェンマイ → 16:55/メーホンソーン

 到着してからしばらくうろうろ行ったり来たりしてしまった。前回来た3ヶ月ほど前のときからして、なんだか勝手が違う。もし搭乗券を持っていればスムーズだったのだろうが、バンコク出発の段階でこの路線だけできなかったのでチェックインカウンターを探す。しょうがないから、やはり結局一度建物の外に出た。
 出発ターミナル入り口の英語表記は「国際線ターミナル」とだけあって、国内という表記が見つからず。おかしいなと思っていると、車向けの標識には「国内・国際」とあったので、共有なのだろうと思ってピカピカの、だけど蛍光灯の青白さが事務的すぎる新チェックインカウンターへ。
 ちゃんと国内線のカウンターもあった。思わずロイヤルシルククラスへ向かおうとしたけど、いや、違った。今回はエコノミーしかない便だった。ATR72という小さな機体なのだ。
 何も言わなかったら片道だけ搭乗券が出てきて、「あ、今日の往復なんですが」と言ったら、特におかしな顔をされることもなく、その場で帰路分も発券してもらえた。滞在時間、20分なんですけどね。
 ところで、タイの政治状況の混迷は、2006年の軍事クーデター以来引き続いている。昨年12月の、反タクシン派によるスワンナプーム空港閉鎖などは、世界的なニュースになっていた。そして、まさにこの日、民主党のアピシット首相がチェンマイ入りする予定になっており、親タクシン派であるいわゆる赤服軍団が空港前で首相の県内入りを阻止すべくデモを行う、という報道を読んだ。
 妻との電話の中でも「だいじょうぶ?」と訊かれたけれど、少なくともターミナルの敷地内には姿は見えなかった。
 3時間以上先の、バンコク行きのビジネスクラス航空券を提示したら何か言われるかなと思ったけれど、普通にラウンジ入れた。
 茶色を基調とした静かなラウンジは、明るく華やかなプーケットとはまた感じが違う。

チェンマイ空港ラウンジ

チェンマイ空港ラウンジ

 ただ、電源コンセントが、パソコンコーナーにしか見つからず、事務的な机に座って修行記録をつける。
 ここのコーヒーは苦いばかりで美味しくない。先ほどのプーケットのものは、ちょっと「はっ」するほどに美味しかったのでお代わりもしたのだが、ここのはすみません、残します。

ATR72

 5割くらいの入り。僕が予約していた6Eの窓際席は、隣に人がいたが、5列目より前は誰もいなかったので、5Dに腰かける。おや、小さなプロペラ機な割に意外に足下が広いなと思ったら、非常口席だった。この機体で座席を指定しておくなら、5E(窓際)か、5D(通路)が楽でよいだろう。

 救命胴衣の使用法や非常口の説明などのデモンストレーションもなく、すぐに離陸。
 客室には男性と女性の乗務員が一人ずつ。まず間違いなく、折り返しもこのメンバーだろうと思うと、どうしても気恥ずかしい。
 「あら、この人、さっきの便にもいたじゃない。何しにメーホンソーンへ行ったのかしら」なんて思われるに違いないとの推測は、このフライトに決めた最初からずっと胸の内にあった。
 もちろん、こちらはただの乗客で、正当に航空券を購入しているのだから、どの便を使おうが自由である。
 この明快な事実もしかし、物の役には立たない。この「同じ機体で同じ乗務員の便に同日に乗る気恥ずかしさ」というのは、修行僧の避けては通れないカルマの一つではないだろうか。
 だが、個人的には、次からはもうこれはやめておこうかと思う。
 さて、離陸するとすぐ西に旋回しここからは山間を進む。バンコクの土地は限りなく平坦なので、チェンマイまで来るといつも、視界に山があることに心の底からほっとする。阪神間で育った人間にとっては、六甲山というのは必ずそこにあるものだった。特に、実家のマンションは、玄関を開けるとそのまま六甲山地が見晴らせるところだった。手前には甲山もあった。
 簡単なケーキとオレンジジュースが配られるけれど、遠慮する。
 あっという間に小さな空港に着陸する。機体はターミナルビルのすぐ目の前に駐機し、乗客は歩いて建物左側の「到着」へ。

メーホンソーン空港

■ 2009年4月4日(土) TG197
17:15/メーホンソーン → 17:50/チェンマイ

 僕は到着ロビーを右折し、その足のまま「出発」へ。パスポートの確認があって、荷物のX線検査を通ってすぐに搭乗口のロビー。機体を降りてから、ここの椅子に腰掛けるまでに5分とかかっていない。非常に便利である。
 メーホンソーン空港は、乗り継ぎの乗客の動線が熟考されているに違いない。
 ロビーから目の前に見える、次に乗り込むべき機体は、もちろん先ほど乗って来たもの。それに、まず間違いなく乗務員も同じ人たちだろう。

同じ機体

 うん、同じだった。客室乗務員の一人は、少しだけ年輩の女性。笑顔がものすごく可愛い。この人が僕と同世代で、しかも例えば、クラスとかサークルとか会社とかが同じところにいたならば、僕は焦がれ焦がれて眠れぬ夜を過ごしたに違いない。
 数段のタラップを上がり乗り込むと、その柔らかな瞳ににっこり笑って出迎えてもらった。
 「あら、お戻りですか?」という感情がそこにあったかどうかは、少々測りかねる。
 ちなみに今回の座席は1Aを指定していたが、これは正しい選択とは言えないようだ。座って初めて知ったが、乗降口が目の前で、扉の部分が少し機体の形に合わせて丸くせり出しているので、足がひっかかる。そして、席の真横に窓がない。
 それに何より、お見合い席だった。彼女が目の前に向かい合って座っている。別に何か悪いことをしたわけではないのに、顔が上げられない。どう思われているのだろうか。
 ちょっと暑いのだろうか、彼女はハンカチでぱたぱたと首筋に風を送っている。
 僕は首をぐるっと左後ろに向け、斜め後ろの窓から景色を見たり、意味もなく目を閉じたりしてみる。そんな途中、「救命衣として座席のクッションを使用してください」との表記を見つけた。

救命衣の代替

 さて、出発のときとぴったり同じ場所に戻ってきた。隣にあったもう一台の同型機も、同じくそこにある。違うことと言えば、午後の日差しが和らいだ夕日になっていること。もう午後6時前である。

■ 2009年4月4日(土) TG117
19:15/チェンマイ → 20:25/スワンナプーム

 夕日に霞む山並みの美しさや、あまりにデジャヴ的な(しかし、感覚ではなく事実であるのだが)風景や、行き場のない少年の憧憬やら、家に帰ったら今日は何を食べようかとか、色々な感情がごちゃまぜになっていた。そのもやもやを、普段はほとんど飲まないコーラの刺激で紛らわすことにした。あまり冷えていない、コーク・ライト。

コーラライト

 ラウンジの片隅に腰掛けてプルタブを開ける。
 と、先ほどの彼女がキャリーケースを引いてラウンジにやってきた。何と、少年の憧憬が具現化したのか!
 今回は、目と目が合ったとき「あら、またお会いしましたね」という感情が、確かにそこにあった。
 憧憬はあくまで憧憬で、かなえられないものなのである。他にもパイロットらしき人もいる。腰掛けて雑誌に目を通している。どうやら次の便の待ち合わせをしている風だ。もしかして、僕と同じ117便だろうか。いやいや、もう良いだろう、自分よ。
 パチン。それにしても蚊が多い。どうもこちらの蚊は敏捷性に欠けるので、手のひらの間に挟もうとしても、まず外れることがない。そう言えば先ほどの機内にもずっと何匹か飛んでいた。
 さあ、いよいよ今日の修行、最終便の搭乗である。しかしビジネスクラスの優先搭乗が始まる前に、一人の男性が係員に招かれて、先に機体へ。黄色い袈裟をまとった仏僧である。
 国民の95%が仏教徒であるタイでは、飛行機の搭乗もお坊さんが最優先となるのだ。
 Boieng 747-400。前方はファースト仕様だが、インターネットチェックインの際に既に埋まっていたので、通常のビジネスクラス席。しかも帰りの便利さを考慮して、一番後方の出口に近いところ。昼のバンコク→チェンマイの便ほどではないが、新しい内装ではなかった。フットレストはあるものの、手動であった。
 午後7時過ぎのこの便で配られたおしぼりは、やはり熱かった。時間帯によって変えているのだろうか。なかなか細かな配慮をする。
 離陸し、市街上空を離れると、陸の上を飛んではいるものの、基本的に真っ暗。
 機内食は、プーケットからバンコクへ戻る便のものと同じ内容だった。

機内食

 到着すると、ボーディングブリッジはつながっているけれど、やはりそこに入る前に階段を下りて屋外へ。そしてバスでターミナルまで運ばれる

747-400

 帰宅途上の高速道路で、どうにも楽しい充実感が心の内を満たしている自分がおかしかった。何をしたわけではなく、ほとんどの時間を座っていただけなのに。
 そう言えば、各所で妻に電話をかけて状況報告をしていたのだが、毎回「もしもし」という応答は、こちらが何を言わなくとも可笑しげな笑みが含まれていた。
 「なんで毎回笑ってたん?」
 「いや、理由があるわけちゃうねんけど、とにかくあんたのやってることが笑えてしょうがなかってん」

… … … … … … …

★プラチナポイント
 これまで  今 回  合 計 プラチナまで
5,2744,5229,79640,204

★修行費用(タイバーツ)
 これまで  今 回  合 計 
018,33018,330

★修行PP単価(タイバーツ)
 これまで  今 回  累 積 
04.054.05


戻る 目次 進む

トップページ