タイ国麺類事情

 実は、昨日食事をした韓国人の学生と一緒にバンコクを歩き回ろうという約束をしていた。どうせ僕は夜中までビールを飲んでいて朝早くは起きられないが、部屋のドアをたたいてくれれば大丈夫だ、と言っておいたのだが……。すでに彼女の部屋にはキーがかかっていて外出した後のようだった。おそらくノックしてくれたのだろうが、まったく気付くことなくいつものペースでゆっくりと寝ていたようだ。
 カオサンを出てすぐのバンランプー市場にある食堂で朝食。覚えたばかりのタイ語を忘れないように何度も歩きながら復唱し、そのまま席に着いて、今までぶつぶつとつぶやいていた単語をおじさんに伝えた。典型的な食堂といった店構えのそこは、通りに面した所にある大鍋には湯がぐらぐらと沸き立っており、ガラスケースの中に麺類や具がならんでいる。
 最初に覚えたその「バミーナム」というのは、タイの麺類の中でもっとも日本で思うところのラーメンに近い。バミーというのがその中華風の麺の名前で、「水」の意味も持つナムを付けることによって、スープに入ったバミーというメニューを意味する。
 ドンブリを一回りほど小型にしたプラスティックの容器にちんまりと盛られてそれは出てきた。もともとタイの人には1日3食という意識はあまりないらしく、お腹が減ったらちょっとそこらで食べるという習慣であるために、1食あたりの量はそれほど多いものではない。
 黄色く縮れた麺の上に、ワンタン、魚肉団子、モヤシ、香菜などがのっている。大体どこでもこの手のメニューを頼むと同じような具がのっているのだが、店によって微妙に違う。半生の牛肉の細切りだったり、油で揚げてあるワンタンだったりと、その違いがまた楽しい。大体周りの人が食べているものを見てから頼むのだが、 初めて入る店では具が何かをまずチェックした。
 食卓には、これまたプラスティックの容器が4つあり、それぞれに調味料が入っている。赤唐辛子の粉末、大きな青唐辛子の輪切りが浮かんでいる酢、小振りの(日本でポピュラーなサイズの)赤と青の唐辛子の輪切りが浮かんでいる酢。そしてもう一つは白い粉末。これらが、コップのような容器にたっぷりと入ってどのテーブルにも置かれている。味は推して知るべしであるが、僕が最も気に入ったのは青唐辛子の液体。これは単に辛いだけでなく、酸味が聞いているので油っこいものでもさっぱりと食べられる。
 またその白い粉末だが、どうせこれは味の素ではないのだろうかということで無視してそれ以外の3種類をたっぷりとかけた。しかしこれも後で知ったのだが、その粉末は砂糖であった。僕にしてみれば味の素よりたちが悪いと思われるのだが、地元の人だからと言って別に唐辛子の辛さを感じないのではなく、それを中和するために砂糖をかけるのだそうだ。一度だけ僕も挑戦したが、2度とやろうとは思わなかった。
 食後、何をするではなしにそぞろ歩いていると、結局先日と同じ国立博物館の辺りに出てしまった。先へ進むと、タマサート大学の周辺に黒いマントを羽織り、四角い帽子をかぶった学生の姿が目に付いた。見た感じ、大学院の卒業式のようだった。花束をかかえ、友人同士、あるいは恋人同士で校門の前で写真を撮るその風景はいずこも同じもの。
 そのままプラアティットまで歩いて行った。ここはチャオプラヤエクスプレスの船着き場の一つである。ここで船を待つこと10分ほど。黒煙を揚げながら船、というよりボートが一隻停まった。バスと同じシステムで係員が料金を集め、金属の筒をかしゃかしゃと降りながら手際よく切符を渡していく。どこまで行くというあてがあったわけではないので、とりあえず終点までの切符を買った。
 単に少し大きめのボートに屋根がついているというだけのこの乗り物は、暇つぶしにはもってこいだ。第一に安い。そりゃあ、市バスと比べたら割高だが、トゥクトゥクよりははるかに安い。そして、朝夕には登下校する学生や、昼間には買い物に出かけた人たちでにぎわうなど地元に密着した乗り物である。さらには、川縁の景色を心地よい風の中眺めるだけでちょっとした観光気分も味わうことができるのである。
 終点で下りたが、なんだかさびれた工場地帯のような所だったので歩き回ることはやめ、船着き場すぐの所の屋台でスイカを一切れ買って、また今度は逆方向の船に乗り込んだ。僕たちのような観光客は、席が空けば景色を見ようと外側に腰掛けるが、船の両脇には何も遮るものがないので船頭の腕が未熟だとかなり水しぶきを受けることになる。これも慣れれば気にならないのだが、日本の川とは違い、泥水がはねてくるので最初の内はなんだか汚いような気がした。
 そろそろ、次の目的地を決めようというので、カオサンに戻ったときに日本人が経営している旅行代理店を訪ねた。別に苦行のために旅をしているのではないので、日本語が使えるところでは使った方が楽である。
 ここで、インドシナ半島を陸路でまわりたい旨を伝えると、「タイ、カンボジア国境はまだ危険地帯なのでプノンペンまでは飛行機で飛んで、そのあとを陸路でまわったらいい」という話を聞いた。プノンペンまでの片道のチケットの値段は3050バーツということだけ覚えておいて、他の代理店も数件まわって比較したが、どこもこの程度だった。
 カンボジアは飛行場でビザがとれるが写真が必要ということなので、一軒の店で頼んだ。ところが、「カラーですか?」「いや、白黒で」と言ったのにも関わらず、できあがったのはカラーであった。僕としては当然白黒の方が安いからそれを頼んだに、向こうのミスでカラー料金を請求されたのではたまったものでない。
 「何言ってるんだ、ちゃんと白黒って言ったじゃないか」と言うと、あっさり白黒料金でいいということになった。とりあえず、クレームを付けるべき所で向こうのペースに飲み込まれることなくこっちの主張を通せたことはちょっとうれしかった。
 と、いうのも昨日の夜、雨が降ってきたのでトゥクトゥクでカオサンまで頼んだところ、ずいぶんと見当はずれの所で下ろされて何を言うまもなく料金だけしっかりと持って行かれたということがあったからだ。
 その夜、宿で相変わらずビールを飲みながら、今後の予定らしきものを立ててみた。まずプノンペンに入り、アンコールワットを見に行き、ホーチミン、フエ、ハノイ、ヴィエンチャンをぐるっと回って、そしてバンコクに帰るというルート。しかし、生来面倒くさいことが嫌いで、夏休みの宿題は8月31日にしかやったことがないという性格なものだから、どれくらいの時間と金がかかるのだろうかというような具体的なことを考えるのはすっぱりと諦め、カンボジア、ヴェトナム、ラオスをまわってバンコクに戻るルートがありそうだというところでやめてしまった。


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