求めよ、されど……

 目覚めてしばらくの間、ベッドの上でぼうっとする。そして、シーツと枕カバーを外して返却した。そして、チェックアウトをして、2リンギット(≒80円)で荷物を預けた。今日1日はまだここの設備を使ってもいいことになっている。
 KL出発は午後11時。着いたのと同じプドゥラヤバスステーションから、マレー半島最南端、ジョホールバルへ発つ。
 揚げ物の屋台で、甘い餅とアンパンを買ってゲストハウスに戻り、屋上でむしゃむしゃやりながら「ノルウェイの森」をめくる。ここの屋上は共有スペースになっていて、洗濯物を干すロープが何本も用意されていて、シーツや服だけでなく、男女ともに下着なんかも干してある。あるいはイスやテーブルなんかも置かれている。
 おかげで、僕も久々に太陽で乾かした服を身にまとうことができた。気温が高いし、部屋にはファンがあるから、薄っぺらいシャツや下着は室内でも一晩で乾かすことはできるけど、やはり太陽で乾かした方がふわっとあたたかく乾いていい。
 僕の目の前には、上半身はだかの男性が、レンズをのぞきながらネガのチェックをしている。そして、その合間に小振りのリンゴをしゃくしゃくとかじっていた。
 上巻の前半はかなりのペースで読む。しばらくして、ふと空を見上げると、バルコニーに突き出たひさしと、頭上の洗濯物との間に長方形に切り取られたくもり空が見えた。
 洗濯物をかいくぐって、手すりにもたれて往来を眺めやる。本を読んでいる時には気にならなかったが、エンジンやクラクションの音が結構やかましい。
 雲の合間から日が照って暑くなってきたので、レセプション前のロビーに下りた。そこでファンの風を受けながら、続きを読んだ。
 昼食時に「シーフードの屋台が出る」という辺りに出かけたが、見つからなかった。またマレーシア式ぶっかけご飯。おかずは何種類もあるから飽きることはない。飲み物には、冷たい中国茶と言ったのに、出てきたのは甘いミルクティーだった。とりたてて中国茶が飲みたかったわけでもないので、食後にそれを飲んだ。
 暇つぶしと冷気を求めて、近くのデパートに入っていった。ガスコンロからはねた油をガードするアルミのついたてなどのいくつかの日本製品が、パッケージは日本語のままで売られていた。
 地階ではアニメショップを発見。売られているのはジャパニメーションのものばかりで、最新の作品のグッズなども所狭しと並び、KLの若者が大勢いた。中には、明らかに海賊版と思しきものも並んでいた。
 ゲストハウスに戻って、また続きを読んだ。
 3時前に、サテーを求めてチョウキットマーケット行きのバスに乗った。思っていた方向と逆に進むが、大抵のバスは循環しているらしいから、まあいずれは着くだろうとのんびり構えていた。しかし、30分ほど走った郊外の停留場で全員が下りたので仕方なく下車。どうも、バスを使いこなすのはどこの街でも至難の技だ。
 車掌に「これ、チョウキットに行くの?」と尋ねたら、行くと言われたので再度乗り込んだ。どうも、行き先を書いた札を見てみると、終着点を一番上に書き、経由する順に下の方に並べてあった。これで先ほどは勘違いしたようだった。
 来た時の逆の道をすいすい進むが、中心部に入った途端に大渋滞。スタート地点を通ったのは5時を過ぎた頃だった。車は全く前進することなく、窓を全開にしてはいるものの、風は吹いていないものだから、容赦なく照りつける午後の日差しのせいで全身にじっとりと汗をかいた。
 することもなく、ウトウトしていたが、ビニール張りのシートのせいで汗が蒸れて気持ち悪い。バスがガソリンスタンドに寄ったときに、ガシャンという派手な音がした。なにかにぶつかったようなのだが、これでまた時間を食われた。
 「ソゴー、ソゴー」と車掌が連呼する中で、多くの人が下りていった。そしてまた多くの人が乗ってきた。乗客のほとんどが下りる所があったが、マーケットらしきものは見あたらず、それに頭の中の地図で距離を考えてももう少し先だろうと思われたので動かなかった。あまりの暑さで、僕は地図を取り出して確認するのも億劫なほど消耗していたのだ。
 ところが、気付くとまたそごう前だ。あそこがチョウキットだったのか、と僕はぼんやりする頭で考えた。そういえば、そごうの地下2階のフードセンターにもサテーがある、ということが書かれていたような気がしたし、ここからなら迷わず帰り着くこともできると思ったので下りた。もう、疲れていたけど、どうしてもサテーを食べたいという気持ちだけは、なぜだか強く持っていた。
 ところが、店内の案内表示には「地下1〜3階は駐車場」とあった。あれ、と思って「歩き方」を見直すと、サテーのフードセンターがあるのはLot10(伊勢丹)の方だった。気を取り直してそごうの8階にあるフードコートまで上がったが、サテーはない。このフロアはほとんどがセガのゲームセンターで、窓際にわずかに軽食を出す店があるだけだった。
 かなり打ちのめされた気分で、とぼとぼと歩いた。まあ、いずれまたマレーシアに来る時のために、楽しみを取っておこう。それに、3時間もつぶすことができたからよしとしようか。ただ、その時間は9割方夕陽がじりじりと照りつける車内にいたのだが。

屋台
 また、同じ屋台でご飯を食べた。店のおばちゃんが「おや、また来たね」という顔をした。そりゃあ、KLでの食事の半分くらいはここで食べていたからな。
 「何飲むの?」「なんか安いのちょうだい」
 「だったら、お水だね」「それがいい」
 今回はニガウリと貝のおかず。ニガウリを食べるとなんとなく元気になりそうな気がしたから。
 ゲストハウスに戻ってまた、「ノルウェイ」を読んだ。ハツミさん(好きな人物だ)の死のところで、本をたたむ。その余韻に浸りながら、指を組んだりほどいたりしながら15分ほど何も考えられずにいた。
 どうも、村上春樹の小説を読むと、たまらなく孤独になる。外界から隔絶した気になる。その感覚自体は心地よいのだが、無性に酒のにおいを求めたくなる。しかし、僕にはもうリンギットは残っていなかった。
 シャワーを浴びた。明日はシンガポールだから、なんとなくいつもより念入りに。隣も人が使い始めると、途端に水の出が悪くなる。もはや、シャワーではなく、したたる一筋の水。
 体からイヤな汗を追い出すと、心もだいぶすっきりした。だけど、ミドリに嫌われた辺りから先は、ちょっとつらくて読み続けることができなかった。回るファンを見上げながら、一日のできごとを思い出す。しかし、ファンがぐるぐる回るように、僕の頭の中のストーリーも混乱していった。


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