ジャングルの旅行者たち

 昨夜、宿の主人が「明日、トレッキングに行きたいという女性がいるんだが、彼女たちだけだと人数が少なすぎてツアーにならないんだ。一緒に行かないか。女性だけなんだけどな」と誘ってきた。はじめの内は、そんな高いお金を使う気もないし、ジャングルを歩き回るよりも川縁でビールを飲んでのんびりしている方がいいと思って、あまり関心がなかった。けど彼が事あるごとに声をかけてきてはツアーを仕立てようとしていた。
 いくつかのコースがあるのだが、一泊二日で35ドル。それにラフティングでの帰路を組み合わせると追加で10ドル。ルピアにすると、彼が提示したレートで、10万8千。チュービング用のチューブはわずか1500ルピアでどこでも借りることができる。「なぜそんなに高いんだ」「そりゃあ、チューブをわざわざ自分で上流に運ばなくていいからだ。それにガイドを先頭に全員でつながっていくから、もっと楽しい」
 夕食をとっていると、また彼はやってきた。
 「どう、ちょっと安くしとくから。8万でどう?」
 なんとなく彼の熱心なすすめで(執拗な勧誘とは違う)、僕も段々行ってみるかという気になってきた。そうすると値段交渉の開始である。
 「インドネシアではガムの一個を買うのにも交渉の余地があるよ」と、ペナンで出会った人に言われていたことを実感した。最終的に7万で決着。
 しかし、僕はそれ用の靴を持っていない。いくら何でもビーチサンダルで山歩きをするのは考えられなかった。「サンダル、オーケー」と言ってくるが、こっちにしてみればそれはあまりにも無理な話だ。値段が決まる前に、僕は「しっかりした靴を一足貸してくれるなら」という条件を出し、それはあっさり了承された。
 朝9時半に出発。一行の顔ぶれは、中年の一歩手前のアメリカ人カップル、僕とそう年齢の変わらないオランダ人のカップル、大学を出たばかりのドイツ人男性の二人組、僕、それにガイドが3人。ひょっとしたらそのドイツ人二人もカップルなのかも。いずれにせよ、一人ものは僕だけだ。
 「昨日の話しとはずいぶん違うじゃないか」と、別段僕は「女性だけ」という言葉にひかれていたわけではないが、不審に感じて尋ねてみる。「彼女らはキャンセルして、別の申し込みがあったんだ」
 貸してもらった靴は、中国製のちゃちなバレーボールシューズだった。近くの売店で求めたナイロンのごわごわした靴下の上に、少々無理をしてその靴を履いた。
 カオサンで買ったぺらっとした木綿のズボン。サッポロビールのホームページでもらったよれよれのTシャツ。これは昨年のシンガポールで、いい加減捨てようかどうしようか迷った末に、穴が開いて首の所が伸びきっていたけど思わず持ち帰ってしまったもの。首には、なぜかサークルで手に入れた「京大飛翔会」というよくわからない文字の入った黄色いタオル。前髪よけにバンダナ。背中にはこれまたカオサンで買ったずた袋。
 ツーリストとも、南洋の敗残兵ともつかない珍奇な出で立ちだった。一番近いのは「さあ、今日はパパもエンジョイするかな」という果てしのない勘違いをして公園に出かける休日のお父さんかもしれない。
 かなり険しい道を進むも、頻繁に休憩が入るので日頃運動不足の僕でも、無理なく着いていける。頭上の植物群に遮られ、直射日光はほとんど射さないが、体に水の膜が貼り付いたように汗が止まらない。
 大きさの合わないバレーボールシューズは、体育館の床では有効かもしれないが、土の上では無力に等しかった。滑りどめは全く期待できず、かろうじて裸足やビーチサンダルよりはましという程度であった。
 方角もつかめないほどに遠くで「ホエッ」「フッー」と声が響く。「オランウータンだ」とガイドが説明した。

チンパンジー
 休憩をとっている時に、オランウータンがやってきた。ガイドはおそらく彼らが木を伝うときの葉の揺れる音で分かるのだろう、僕らが何も気づかぬ内から「シッ」と注意を促した。用意してあったバナナを与える。間近で見ても、動物園の檻の向こうに見るのと同じ感覚でいたら、さすがにわけが違う。がぶっと突然にガイドの肩を咬んだ。残り二人があわててバナナを示したり、鳴き声をまねて注意をそらそうとする。幸い咬まれた彼は「大したことないよ」と言っていたが、ここは動物園ではないのだ。
 昼食は名もなき滝のほとりで、用意してあったナシゴレンと、パイナップル。バナナの葉を皿にして、もちろん手で食べる。
 僕と同じ年のオランダ人の女性が「もうエネルギーないよー」と言っては立ち止まる。その都度、全員が歩みを止める。「人生で一番ハードな6時間だわ」と、何で自分がここにいるのかを全く省みることなく文句をぶちまける。
 銀色の髪を後ろで束ねたアメリカ人男性が、何かと全体の世話を焼きたがる。まるで「私はどうやら最年長のようだから、みんなをまとめる義務がある。それを果たすことは当然で、そして喜びでもある」といった雰囲気だった。
 僕はどちらかと言うと、せっかくジャングルに来ているのだから休憩をとっている時でも、周囲を見回したり、あるいは虫や鳥の声に耳を傾けたいのに、彼はがんばってジョークを言って場をなごませようとするのだが(それは主として彼女のわがままから生じた殺伐とした雰囲気解消のため)、僕には鬱陶しい以外のなにものでもなかった。彼女が文句を言い、彼氏がたしなめ、アメリカ人が笑いをとり、全体が無理に笑う。
 会話に加わらずにいたら、「あの日本人は英語がよくわからないらしい」ということにされてしまったようだ。それはそれで訂正するのもばかばかしいので、黙ったままでいた。なんでこんな清浄な空気の中で、ガイドの一人が持ち出した「メダンのギャングの抗争」という暴力の話題で楽しめる、もしくは楽しんでいるふりができるのか。とうてい、僕の理解を越えていた。
 途中でガイドの二人が一端、町へ戻ると言う。「何かほしいものがあったら頼んで。ガンジャもあるよ」と言うと、さっそくにオランダアホ娘は「水よ、水。もうほとんど飲んじゃったわ」と。彼女は、彼氏のリュックに数本のペットボトルを入れ、自分は手ぶらで歩き、休憩の度にがぶ飲みしていた。ビールは5500と言われたので、飲まない。値段が高いということと、ここでお金を払ってビールを飲むということになじめなかったからだ。
 結局のところ、このジャングルトレッキングもよくできた観光産業なのだということは、頭では理解できても納得はいかなかった。一体僕は何を期待していたのだろう。水や、ガンジャを注文する人たちと僕との間にある違いは、あくまでどこで一線を画すかということだけなのか。
 ついさっきまで「もう歩けない」と言ってた彼女は、「ガンジャ、ガンジャ」と、生き生きと楽しそうだ。
 せせらぎが聞こえはじめ、斜面を半ばすべり降りながら、徐々に音が大きくなってきた。3時すぎに川原に出た。
 川に飛び込む。森林に降り注いだ雨の集積かと思うと、清冽な水の流れが不思議に圧倒的な存在に感じられた。
 夕食後、さっそく焚き火のまわりでガンジャが始まった。「夜は、火を眺める以外にすることってないのかな。ガンジャを吸わないのだったら」「そうだな」とガイドは答えた。何だそれは。
 よし、一生で一度の機会だ。夜のジャングルを僕なりに満喫しよう。目で見て、耳で聞いて、そして心で感じる。手頃な岩に仰向けになり、周囲から迫る木々によって切り取られた狭い夜空を見上げる。虫の声が7種類くらい聞こえる。
 流れ星だ。その軌跡が一本の直線として、目に焼き付いた。黄緑色の筋がしばらく空に光っていた。次はいつ見えるかなんて分からないけど、僕の目は遥か彼方に焦点を結ぶ。
 雲だと思っていたけど、ずっと形を変えずにいるそのぼやけた白い部分は天の川か。見ようによっては十字に見える星の集まりがある。南十字星だろうか。僕には天体の知識がほとんどないからはっきりとは分からない。帰国したら天文好きの友人に尋ねてみようと思った。(実際のところ、それは南十字星ではなかったらしい)
 僕は別に「麻薬は絶対にやらない」という主義でもない。なんで今日は気が乗らないのだろうか。高いから? いや、大したことはない。何となくレールに乗せられている気がするんだよな。観光客相手に、ガンジャで稼げるぞという売り手、それにインドネシアの熱帯雨林の夜という神秘的な光景の中で吸うガンジャは気持ちがいいものだろうという買い手それぞれのレール。
 そう考える僕自身、「だったら俺は一体ここをどこだと思ってるんだ」という疑問がわき、結局は僕も旅とかジャングルにある種の価値観を付与していることに気づく。それが少し他と違うだけで、他者を非難するのは見当違いなのかもしれない。
 違う趣味の人がいるのは全く構わない。僕に迷惑が及ばなければ。けれどこの場合、焚き火のまわりの嬌声によって、静かに空を眺めやりたいという僕の希望が阻まれてしまうのは困りものだ。
 彼女が懐中電灯でガイドを照らす。ふらふらした光は暗闇に慣れた僕の目にも飛び込む。「ねえ、ガンジャもうないの」「終わりだよ。けど、まだ2パケット持ってるから、売ってもいいけど」「何よそれ、さっきあんなにあったじゃない。ぶつぶつ」
 ガンジャを吸いたいあなた、それはそれで構わない。頼むからそんなにまぶしくしないでくれ。
 テントと言うよりもはや、単なるビニールシートで覆われた地面で寝る。相変わらずオランダ人は文句を言っていた。「ちょっと、こんな所で寝たら蚊に刺されるじゃないの」「大丈夫、ここは蚊は出ない」とガイドは言うものの、全く信用していなかった。
 実際、蚊は全く出なかったのだが、朝方にそこそこ冷えたため、僕は体の上にバスタオルを巻いた。
 もぞもぞと外に出ると、テントのそばで火が焚かれていた。甘い紅茶とビスケット、それと揚げたてのピサンゴレン(バナナフリッター)が準備されていた。バナナは10センチほどの小振りなもので、熱々をかぶりつくとさくっとした感触の後にとろとろと甘い刺激がおとずれる。
 他のメンバーたちは河原に下りたが、僕とドイツ人二人は、はふはふ言いながらまだピサンゴレンを食べていた。
 空が高い木々に阻まれているため、密林の向こうから太陽が姿を現すまでに日の出から数時間かかった。
 10時頃に早めの昼食か、あるいは遅めの朝食。インスタントラーメンの汁が飛ぶまで炒めたミーゴレンを、洗面器のようなプラスティック容器に入れられている。例の女性は「ご飯はいいから、早く行こうよ」と言って、口をつけなかった。アメリカ人カップルは「お腹が減ってないから」という理由で食べなかった。
 結局、僕とドイツ人兄弟の3人だけがその洗面器からミーゴレンを食べた。話しをしていると、彼らが兄弟であることが分かった。
 さて、ラフティングでブキッラワンまで戻る。巨大なタイヤのチューブを5つほどロープでつなげて、それぞれに人が乗れるようになっている。それぞれの荷物はビニール袋に密封して、これもチューブに乗せる。
 ジャングルトレッキングに参加して、唯一の後悔。少なくともこのラフティングだけは、一人で参加するべきものではない。一本のチューブの定員は二人。水着を着て、落ちないように網のようにロープが張られた穴の部分に二人が座るのだ。あー、カップルの方々、あんなに密着して……。
 チューブの先頭で、ガイドの一人が棹を操っているから、こちらは風景を十全に楽しめる。黄緑にわずかに青みがかったか細いトンボを水辺によく見かけた。羽の内側は体と同じその色なのだが、外側は真っ黒だ。羽ばたいている時にはそれが交互に見えるのだが、ぴたっと着地した瞬間に羽を閉じると黒しか見えない。
 あるいは、50センチはあろうかという土色のとかげが歩いているのも見かけた。直径1メールを超すサトイモのような葉。あまりに高すぎて自身の重みで傾いている不安定な木から何本も垂れ下がるツル。
 コンラッドの「ハートオブダークネス」の世界のようでもあった。
 下るにつれ、疎らに人家が見えてくる。
 到着間際、見覚えのある風景に突入した辺りから、急に頭痛が始まった。日射病かもしれない。
 だるい体を引きずるようにベッドに倒れ込む。このまま眠ってしまいたいが、いくら面倒でも部屋のカギだけはかけておかなければならない。
 川では堤を作るために、川底から手頃な石を拾ってはそれを放り投げて積み上げていた。絶え間ない石のぶつかる音と、コーランとが響く中、暑い部屋で身もだえして苦しんでいた。外の空気を吸えば気持ちいいのだろうが、一向に動こうという気になれなかった。
 日が沈み工事も終わり、ようやく静かになった。生ぬるいスプライトを飲みながら、食堂で涼風に吹かれていた。多少元気がもどってきたので、これまた生ぬるいビンタンビールを飲んだ。ガイドもしてくれたここのオヤジがやってきて、「洞窟でロミ(ガイドの一人)が楽器を演奏するんだけど、よかったら来ないか」と誘われた。彼はまた辛みのきいた鶏の足の煮込みを食べさせてくれた。
 しかし残念なことに、疲れがまだまだ抜けきってはいないので、残念ではあったが再びベッドに倒れた。


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