雨のベルゲン

2008年8月11日

スカンジナビア航空2869便 17:50 ベルゲン 19:15 コペンハーゲン
スカンジナビア航空2710便   20:10 コペンハーゲン 22:45 トゥルク

 

 「一日半あれば十分やで」とは、妹の言。ベルゲン滞在を何日取ろうかと、旅行の計画段階で尋ねた際の返答だった。
 そのベルゲンで、3日目を迎えた。霧雨のような細かい雨が、昨日までの明るい海と山と空をまったく塗り替えている。「雨ばっかで、しかも寒い」と妹がいつも言っていることが、ようやく実感できた。
 今日の夕方にこの街を発つまでにさらに半日以上が残っている。頼みの綱である妹はと言えば、友達と連れだって既に早朝の便でダブリンへ旅立っている。やはりコペンハーゲンを経由するのだが、半日そこで市内観光をしてからアイルランド。
 日本から来ていた友人二人は、ノルウェーの知り合いを尋ね、一緒にケルト文化を味わうというのが夏休みの旅行なのだそうだ。
 もちろんこの予定は事前に聞いていたので、昨夜の時点でちゃんとさようなら。しかしはたして、次に妹と会うのは何年先で、地球のどこになることやら。
 僕らは今日何をするかについては、ちゃんと計画を立てていた。二人の共通の趣味にダイビングというのがあるのだが、おそらくおおかたのダイバーがそうでないかと思うが、水族館に行って海中世界を垣間見ることが好きなのだ。
 海遊館にも一緒に行ったし(ものすごく感動していた)、白イルカのショーを見に八景島シーパラダイスまで行ったこともある(東京に行ったついでだったので、正直言うと僕は八景島まで出るのがすごく面倒くさかった。だが、ショーが終わっても席を立たないほどに楽しんでいた彼女を見て良しと思ったものだ)。2ヶ月ほど前には親戚を訪ねたついでに、福島県はいわきの水族館も行った。世界初の秋刀魚や、鰯の群の展示など、こう言ってしまうとなんだけど、地方都市の水族館というイメージから導かれる予想よりは、かなり見応えがあった。さらに言えば、バンコクにあるサイアム・オーシャン・ワールドは二人とも年間パスを購入している。
 と、いうわけで、ベルゲンには「ヨーロッパ有数の」水族館があるとガイドブックで読んだので、今日の活動の主眼はそこにしてあった。ちなみに、海洋生物学の研究者の端くれである妹にそのことを伝えると、微妙な苦笑いが返ってくるだけだった。
 ホテルはいったんチェックアウト。荷物を預けておいて出発。
 朝方の雨は、いちおう止んだようだった。港の突端まで、濡れた歩道を歩くこと15分ばかり。ベルゲン水族館。
 入場してすぐ、ペンギンのコーナーではちょうど餌付けの時間だった。分厚いガラスで覆われた、氷と凍えるような海水の中にペンギンたちは暮らしている……わけではなかった。屋外の、オープンエアの場で、岩場を模したような場所で飼われている。ペンギンが暮らせるくらいの自然環境なのである。
 そのことに少々感銘を覚えた以外は、さして何もなかった。北海に暮らす魚たちは、基本的に姿形は地味である。うまそうやな、とは思うものの。規模も小さく、種類も少ない。あっさりと全ルートを見終わっても、ほんのちょっとしか時間は過ぎていなかった。夕方の出発までは、まだたっぷりと時間が残っている。

雨の港
 港へ戻り、魚市場へ。細長い港を挟んだ対岸のブリッゲンも、あの祝祭的な色合いは失せ、灰色の中に、じっと建物が並んでいた。背後にある山も霞んでいる。
 初日、妹とこの辺りを歩きながら、「普段、海産物ってどこで買ってんの?」との僕の問いかけに、間をおかずにこんな答えが返ってきた。「別に、どこでもええねんけどな。その向こうにスーパーもあるし。せやけどな、この魚市場だけでは買わへんわ」
 いや、しかし、やはり観光はしておこう。シーフードはまあ多少観光地値段であっても、こういうところで食べておかねば。
 シーフードのプレートと、ハンザビール。再び雨が降り始め、ビニルが貼られた下で、少しだけ寒い思いをしながら。  スモークサーモンと茹でた小エビと、カニ。
 赤と白のカニの身を目にした妻が一言、「カニかまちゃうの、それ?」
 僕は言下に否定した。2000円近くもするこれに、そんなアホなことがあるもんか。魚介のことなら日本人にまかせとけ。この辺の冷たい海で暮らしたカニの身は、赤白がこんなにはっきり発色するんやで、たぶん。
 一口食べて、僕は言った、「……ごめん。カニかまや」
 信じたくない心が目を曇らせていたが、まごうかたなきカニかま。それも、カニかまとしての質もさほど高いものじゃない。妹よ、君は正しかった。
 たまたま隣の席に年輩の日本人夫妻がいた。お互いに「ああ、どうも」と相成ったのだが、昨日のフィヨルドツアーで一緒で、船上でシャッターをお願いした方だった。ロンドン在住で、今日の夕方にそちらへ戻られるそうだ。
 話の流れで「実は、新婚旅行なんですよ」と言ったら、奥様の方が「そうでしょうとも。見てたら分かりますよ」と。少し恥ずかしい。
 ホテルへ戻っても、することができるわけでもない。ロビーのソファーに腰掛け、サービスになっているコーヒーを飲む。
 外は雨。静かに降っている。
 「することないなー」という二人。しょうがない、早いけど空港へ出ておくことにしよう。そこでビールでも飲んでる方が、まだましじゃなかろうか。
 バスで再びのベルゲン空港。チェックインして荷物を預けて身軽になる。バーカウンターでビールを一杯。妻は赤ワインをグラスで。
 搭乗口の近くで、先ほどのご夫妻と再びお会いする。
シャンパン
 往路の際は気付かなかったのだが、ビジネスやエコノミーエクストラの人たちはやはり機体の前方に席が与えられる。ここから前はビジネスです、という札があった。座席自体は同じなのだが、3列の真ん中が空席として確保されている。
シャンパン
 後ろの席だと有料になるおが、このフライトはまだエコノミーエクストラなので、無料の酒を飲む。カールスバーグを一缶に、シャンパンの小瓶を2本かばかり。青い空を眺めながら飲むお酒は格別だ。
 1時間ほどで、夕方のコペンハーゲン。再び、である。乗り継ぎは1時間もないので、便利ではある。ツボーを一缶買って飲む。
 この先当分、バンコク行きの便まではエコノミークラスになる。
 バンコク→コペンハーゲン→ベルゲン→コペンハーゲン→バンコクという部分がエコノミーエクストラ。最後の旅程のコペンハーゲン→バンコクの間に、コペンハーゲンからフィンランドのトゥルクとパリをそれぞれ往復する航空券はスターアライアンスのヨーロピアンエアパス利用。
 なので、トゥルクまではお酒も飲まず。
 出発は午後8時過ぎだが、緯度が低い国に暮らす人間の感覚としては、まだまだ5時か6時くらいの明るさだ。
機上の風景
 トゥルク空港に到着したのは既に11時前、さすがに日もとっぷりと暮れていた。
ムーミン
 預け荷物引き取りの所へ歩くと、妻が「きゃー」と声をあげる。なんと、くるりと回るベルトコンベアの内側の部分に、かなり大きな(大人より少し大きいくらいの)ムーミンが座っていて、「やあ」という感じで片手を挙げている。その後ろには古風な感じの旅行カバンが置かれている。
 ここ、フィンランドのトゥルク空港はムーミンワールドのオフィシャル空港なのだ。
 トゥルクからムーミンワールドのあるナーンタリまでは、アウラ川を蒸気船で行くこともでき、なかなかにひかれるものがあるのだが、時間の制約から、今日の宿は既にナーンタリで押さえてある。空港から20kmほどしか離れていないので、タクシーで一気に進む。
 事前にネットで宿を探していて、ナーンタリの観光局のサイトからリンクされている先に、いわゆる民宿に近い形態の宿が多いことに気づいた。ウェブの作り方もどれも素朴で好感が持てるところが多かった。色々と比較検討した結果、ブリジェット・インで予約を入れる。やりとりのメールもスムーズだった。
 宿への到着時間が午後11時を回ることを伝えると、「ではフロントに一人スタッフを待たせておきますね」とのこと。
 ところが到着すると、誰もいない。まいったなと思い、とりあえず携帯電話で連絡を入れてみる。タクシーの運転手が「私が話してみよう」と手伝ってくれる。部屋の鍵がポストだかに置いてあったので、それで自分たちで開けて、とにもかくにも部屋に入ることができた。
 妻は部屋に入るなり、「いいじゃない!」と喜んだ。19世紀の趣を残すという宿で、いかにもヨーロッパの家という感じがしていた。しかも、と僕はバスルームの奥まで彼女を連れて行く。そこにはサウナまであるのだ。
 いくつかの通常の部屋とは別に、ここは建物の一つがそのまますべて一室として使われている。冷蔵庫や電子レンジの備わった台所もあるし、ベッドもメインとサブの二つがある。ちょっとした贅沢ではあるが、新婚旅行なのだから。
 シャワーを浴び、ゆったりしたベッドに横になり、明日のムーミンを夢見ながら、19世紀に包まれて眠る。


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